衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。
手塚の独り言
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2002年11月20日

今日はプロ野球のドラフト会議。しかしここ最近は自由獲得枠が各球団2名まであり、注目選手の行方がはっきりしていて、それぞれの人生を左右するような緊張感がありません。もとより各球団の実力均衡をはかるためのドラフト制度も、この自由獲得枠(逆指名)の影響で、結局「カネしだい」になってしまっているようです。ドラフトのみならず、巨人軍は資金力を背景にメジャーに進む松井選手の穴を埋めようともしています。日本プロ野球が魅力のないものになることより、子供達の夢が「カネしだい」になることに危機感を感じざるをえません。12:25

2002年11月19日

現職の国会議員が亡くなった場合、全議員が集う本会議で追悼演説が行なわれる慣例があります。選挙制度が中選挙区時代は、同じ選挙区でライバルとして戦った他党の議員が弁士になるのが恒例だったようです。しかし小選挙区制が導入され、選挙区で原則1人の議員しか当選しなくなったことで、遺族の意向も勘案し、同政党でも同じ地域の議員が弁士になることがよく見られるようになりました。本日正式に故石井紘基氏の追悼演説が11/29に行なわれることが決定しました。私は、遺族とご相談をして、弁士をお願いする役回りを担っています。17:35

2002年11月18日

出来ることなら毎日この独り言を読んで頂き、私が何を考え、国会でどのように行動しているかをご理解頂くことが、率直にいってこの企画の主旨であります。しかし、日々の限られた時間で、携帯電話の性能上250字以内で要点をまとめて書き込むのはそう容易なことではありません。特に日中に公務が連続し、夜は会合が重なり、気付くと間もなく日付が変わってしまうという局面では、穏やかな心理状況でいれないわけです。いたずらに前置きが長くなりましたが、今後もこの企画を続け、説明責任を果たしていくことをお約束致します。おやすみなさい。23:50

2002年11月17日

臨時国会も会期末まで1ヵ月を切りました。今国会は有事法制や個人情報保護法など、前国会のような与野党が激しく対立する法案の審議が進まず、少々緊張感が欠けているとの指摘を耳にします。確かに委員会でも与党側に空席が目立ちます。一昨日も委員会で質問をしていた民主党の若手議員が、騒がしくおしゃべりをしていた自民党の議員に「静かにしてもらえませんか」と注意すると、そのことに逆上し、つかみかからんばかりに「この野郎!」と歩み寄る事件もありました。いやはや、学級崩壊ならぬ国会崩壊といわれても仕方ありませんね。9:00

2002年11月16日

昨晩は、一時帰国している大橋巨泉さんと夕飯をご一緒しました。相変わらず辛口な氏のことですから、民主党の現状に話が及ぶと、説教をされている子供ような気分でした。私の祖父、父との縁があり、1年半前の参院選をお手伝いをさせて頂きました。しかし、国会を去り再びセミリタイア生活に戻った今でも、常に気に掛けて下さるのは本当に嬉しいことです。夏は涼しいカナダへ。冬は地球の反対側で暖かい気候になるオーストラリアへ。春と秋の一瞬だけ日本に里帰り。こんな生活に憧れたりする余裕など、当然持ち合わせてはおりません。念のため。19:45

2002年11月15日

昨夜は珍しく実兄とワインを飲んでいたら、日付が変わってしまい、独り言を書き損ねてしまいました。ごめんなさい。しかし、兄について触れるのは初めてかもしれません。年令は私の3歳上。特長は体型です。決して小さくはない私よりさらに二回り以上大きな巨漢で、文字通りの「大兄」です。髪は短く刈り上げ、あご髭をはやし、一見ハワイの不動産王風ですが、以外と真面目に、外国人投資家を対象とした金融会社を経営しています。政治家の兄としては十分怪しげではありますが、血を分けたたった一人の兄弟。たまに会えば話も弾んでしまいます。8:50

2002年11月13日

故石井紘基氏の失った議席について、東京6区(世田谷区の約3分の2)の衆議院補欠選挙の日程が来年の4/27に確定しました。来年は統一地方選挙の年。世田谷区ではこの日に区長選、区議選が予定されていて、トリプル選挙になるのです。そうした背景もあり、この補欠選挙の民主党候補者の選定が本格化してきています。民主党東京都連の選挙対策委員長、民主党本部の選挙対策委員として、私自身がその調整役を果たしています。税金の無駄使いに果敢に挑戦し続けた、石井紘基氏の遺志を継承出来る候補者を擁立したいと思っています。16:40

2002年11月12日

民主党にとっては厳しい結果が出た、先の統一衆参補欠選挙の総括をするための会議が断続的に続いています。私も党の選挙対策委員の一人として参加していますが、余りに低調です。負けた原因は低投票率。それは、政治不信、政党離れがあったとの議論に終始しているのです。低投票率は現象であって敗因ではありません。あくまで総括するべきは「なぜ低投票率になってしまったか?」なのです。そして「なぜ民主党が国民の政治不信に対する受け皿になれなかったか?」ではないでしょうか。さすがに少し鈍感な党幹部に頭を抱えています。19:35

2002年11月11日

我が手塚事務所では、今も昔も新米秘書の一番の仕事はポスター貼りです。最近目黒区内の街中では、私と私の公設第1秘書を務める伊藤悠君が一緒に写ったポスターが貼り出されています。私が国会を目指し浪人生活を送ったいた頃、たった一人で朝から晩まで、月給10万円でひたむきにポスター貼りをしてくれていたのが、他でもない伊藤君でした。かねてからの本人の夢であり、手塚事務所を代表して来春の目黒区議選に挑むことになったのです。ポスター貼りから、貼り出される立場へと飛躍した彼。謙虚さを忘れず精進してもらいたいと思っています。10:20

2002年11月10日

埼玉県の本庄まで行って来ました。今日は、母校早大本庄高等学院創立20周年記念式典に出席。私が記念すべき1期生ですから、高校を卒業して17年が経過したことになります。懐かしいキャンパスはもとより、完全にオッサンになっている悪友(人のことは言えない)や当時迷惑をかけた恩師との再会など、それはそれは昔話に花が咲きました。当時の私からは想像がつかないまでも、国会に駒を進めた私をそれぞれの立場で注目してくれていることを実感し、感激でした。卒業生を代表しての挨拶で、物理の単位を取らずに卒業したことを白状してきました。17:30

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