衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。
手塚の独り言
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月別アーカイブ: 2005年3月

2005年3月30日

1993年10月28日深夜、ワールドカップアジア地区最終予選の対イラク戦。1点リードの日本、ラストワンプレーと思われたコーナーキックが、イラク選手のヘディングによって緩やかな弧を描いてゴール左下隅に突き刺さる。日本が念願のワールドカップ初出場を土壇場で逃した瞬間で、これがいわゆる「ドーハの悲劇」です。今から12年前のことで、細川連立政権が誕生した年であり、都議選で初当選した私が政治家としての第1歩を踏み出した年でもあります。4年に1度は、ワールドカップも都議選も同じ巡り合わせ。この夏の戦いに向け、私自身も民主党の責任者として準備に余念がありません。ワールドカップ出場に向けて、決して負けられないバーレーン戦、今夜キックオフです。14:20

2005年3月28日

目黒が10、世田谷が11で合計21ヶ所で駅頭演説を続けています。自由が丘や学芸大学などの大きな駅では、東西などの出口別で行なっていますので、何駅ではなく何ヶ所となるのです。衆議院を目指すことになってから今日までずっとこの21ヶ所は不変でしたが、都議会を目指す関口太一君と相談を重ね、この度新しいポイントにて演説をすることになりました。自由が丘駅交番前。駅頭であることに違いはありませんが、これまでの正面改札前と南口に加えて、世田谷の深沢地域から東急コーチというバスで自由が丘駅に来られる有権者にアピールをしたいという思いからです。決行は明朝から。新たな試みで、いつもと違う緊張感を少しだけ感じています。17:25

2005年3月26日

昨日の独り言を読んだ母からのメールによると、大阪万博には祖母と兄で行き、母と私は留守番だったとのこと。4歳だったのですから仕方ないですね。さて、昨晩列島が注目したワールドカップアジア最終予選のイラン戦は、惜しくも日本敗戦。残念。来週のバーレーン戦に期待しましょう。また、甲子園球場で高校球児の熱戦が続く中、プロ野球もパリーグがセリーグより1週間早く、本日開幕。50年ぶりに誕生した新規参入球団・楽天は白星スタート。いよいよ球春も本番です。そして、私も先週観戦した大相撲春場所は、横綱朝青龍が3場所連続優勝。強過ぎる横綱の面目躍如といったところでしょうか。何かと目移りする春の週末です。18:25

2005年3月25日

日本で2度目の万博「2005年日本国際博覧会」、愛称「愛・地球博」、略称「愛知万博」が本日開幕。1970年の大阪万博は、66年生まれの私にとっては、「こんにちわぁ〜」とテレビから流れるテーマソングの記憶ぐらいしかないものの、高度経済成長を象徴する巨大なお祭りで、約半年の期間中に6422万人が押し寄せたとのこと。この大阪万博が、その後の人生に影響を及ぼした人たちもきっといることでしょう。それから世紀も変わり35年、この万博がどんなメッセージを発信することになるのでしょうか。機会を見つけて足を運んでみたいと思ってます。その前にまず、母親に私を大阪万博に連れて行ってくれたのか聞いてみたいと思います(笑)。10:10

2005年3月24日

昨日、参議院において一般会計総額約82兆円の2005年度予算が、与党の賛成多数で可決成立しました。戦後4番目早期成立が、国会の静けさを象徴していると指摘され、腑甲斐ない野党の対応についても厳しい意見が聞こえてきます。二大政党政治が定着することで、与党側の余裕が一切なくなり、盛り上がりに欠ける予算審議が恒常化しつつあることも確かでしょう。小泉総理は予算成立を受け、郵政民営化への意気込みを示したそうですが、国民の関心は年金などの社会保障制度改革の方が高いことは間違いありません。郵政をめぐる自民党内の政争に左右されない国会対応をしていかなくてはなりません。11:15

2005年3月23日

待ちに待った春の到来を告げる選抜高校野球大会が開幕。と思いきや、開会式のみ行なわれ、試合は春の雨の影響で明日に順延。いずれにしても、大の高校野球ファンの私にとっては、甲子園球場にこだまする金属バットの打球音と共に浮き足立つ数日間となります。今年も声援を送るのは駒大苫小牧、青森山田、羽黒などの雪国チーム。しかし、昨夏の大会で初めて優勝旗を北の大地にもたらした駒大苫小牧などは、押しも押されぬ優勝候補でしょう。ただ気掛かりなのは、私が声援を送ると書いた高校がすぐに負けてしまうというジンクスが出来つつあることです。さてさて、この春はどんな白球をめぐるドラマがあることでしょう?10:50

2005年3月22日

連休明けの今朝、今にも雨が降り出しそうな空の下でも冷え込みは緩く、頬には柔らかい春の風。どうやら今年も股引駅頭生活から卒業見込みです。春・卒業といえば、今年は4人の学生秘書と会館スタッフが手塚事務所を巣立ちます。岸本桂司君と井上妃さんはそれぞれ新聞記者に。佐々木るみさんは放送局で報道番組の制作にあたるとのこと。いつの日か、成長した彼らから取材を受けてみたいものです。一方、蓮孝道君は出来が悪かったわけではありませんが、そのまま手塚事務所に就職し、現場で政治をさらに学んで、将来は郷里の群馬で一旗との志。それぞれの希望の春。感謝を込めて成功を祈りたいと思います。10:55

2005年3月21日

連休の中日、九州北部を襲った強い地震で多くの被害が出ています。この2年間を振り返っただけでも、一昨年の5月と7月の宮城県沖と北部の地震、9月の十勝沖地震、まだ記憶に新しい昨年の新潟中越地震と、大地震が相次いでいます。今回の地震は、専門家の間でもまったく想定外の地域で起きたとのことで、日本列島がどうやら新たな地震の活動期に入ったのではないかと思えてなりません。首都東京で同規模の地震があったらと考えると身の毛がよだちます。都議選の選挙公約となる「東京マニフェスト(仮称)」の柱は、緊急震災対策となりそうです。12:25

2005年3月19日

大阪で事業をされている松田哲也秘書のPL学園時代の親友のはからいで、昨晩は府立体育館で大相撲を観戦させてもらいました。その後、日頃からたにまち的な後援をしている様子の大島部屋にうかがい、ちゃんこをご馳走に。さらに、旭天鵬関を囲んで大阪の夜の街へ。力士の胃袋の大きさと肝臓の強さには驚かされましたが、モンゴル出身の旭天鵬関の気取らず底抜けに明るい人柄にすっかり贔屓になってしまいました。久しぶりに高校時代の仲間に再会した松田秘書共々、今日は大阪で二日酔いで苦しんでいます。14:25

2005年3月18日

プロ野球のオーナー会議が永久追放となった選手らの処分解除の道を開くため、野球協約を改正することを承認。これにより「黒い霧事件」と呼ばれる野球賭博事件に絡んで1970年に球界を永久追放された元西鉄の池永正明さんの復権が確実になりました。大橋巨泉さんが、池永氏の復権運動に熱心で、参院選で一緒に福岡に行った際に、氏を紹介して下さったことがご縁で、微力ながら復権運動のお手伝いしていた私にとっても、嬉しいニュースなのです。「永久追放の投手の娘として嫁に出したくないんですわ」と控え目に語っていた氏の姿が目に浮かびます。誰しも過ちを犯すことはあるでしょう。それにしても35年はあまりに長過ぎました。池永さん本当におめでとうございます。9:30

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