月別アーカイブ: 2002年2月
2002年2月7日
手塚の独り言
今日も昨日に続いて各党の代表質問。その本会議の前に必ず行なわれるのが、私が委員を務める議運こと議院運営委員会です。鈴木宗男氏がたった2週間で議運の委員長を辞任したのはご存じの通りですが、後任の委員長に就任したのが鳩山邦夫氏。他でもない代表の弟です。今は自民党に戻ってしまいましたが、私が都議時代から目を掛けて頂いた方です。衆議院を目指していた浪人中は、何度も私の後援会の会合に足を運んで下さいました。少人数の議運で顔を合わせると、常に何か言いたげな顔をされています。やりにくいというのが正直なところです。16:40
2002年2月6日
手塚の独り言
自民党的なるものとの妥協を繰り返す小泉総理の口先改革論にマーケットは「日本売り」を始めています。金融不安が株、円、債権のトリプル安を招き、さらにトリプル安が金融不安を増幅させて「日本売り」を加速させる悪循環に陥っているといえます。今日は、各党の代表質問。鳩山由紀夫代表は、政府の経済無策とこの悪循環を「小泉スパイラル」と定義付け、激しい論戦を挑みました。総理の淡泊で覇気のない答弁に、本会議場の、昨年とは大きく違う、確かな空気の変化を感じます。14:35
2002年2月5日
手塚の独り言
昨日は、狂牛病対策で、その対応が批判されている武部農林水産大臣に対し、野党4党で不信任案を提出しました。しかし、その採決がいつされるか決まらない中、この独り言も日付をまたいでしまいました。結局、今日の午後に本会議を開き、与党の反対多数で否決される見通しですが、一寸先は闇と言われる政治のこと、色々な憶測を耳にします。武部大臣に辞任させ、後任には田中直紀氏、そう真紀子さんのご主人。今度は旦那を人質に彼女の口封じという話。支持率急降下で、岐路に立つ小泉内閣。まだまだ色々ありそうです。9:20
2002年2月3日
手塚の独り言
田中真紀子さんは、自民党執行部に止められ、この週末の一切の番組に出演出来なかったようです。ひどい話ですね。さて、今日は節分。今にも雪になりそうな雨が降り続いていますが、私は豆まきをしてきました。「福はー、うち」と豆をまくと、「手塚さん、こっちにもー」と黄色い声援。芸能人か人気力士にでもなったかのように、四方八方にまき続けました。少しはストレス解消にもなったような気がします。明日からまた激しい攻防が予想されます。13:20
2002年2月2日
手塚の独り言
私にとって、寒い所という印象が強い町田に向かっています。4年に1度の市議選がいつも2月で、毎回この季節に応援に行っているからでしょう。8年前、私が都議1年目の時に、町田市役所に勤務していて、当時の日本新党の市議候補公募制度で立候補したのが、トミーこと友井和彦君。同世代ということもあり、それ以来の長い付き合いです。いつも私の選挙は献身的に応援してくれますし、実はこの携帯版HPのアイデアを提案してくれたのも、センスあふれるトミーなのです。今回、彼は3選目を目指しています。手塚事務所あげての応援です。16:45
2002年2月1日
手塚の独り言
長かった今週の国会日程も今日で終わり。国会を後にしようと、議員会館のエレベーターを降りると、そこには時の人、田中真紀子さん。別に普段はよく国会内でも見かけているのですが、このタイミングだと、なぜか芸能人にでも遭遇したような気分でした。「お疲れ様でーす」とだけ声を掛け合い、失礼しました。恐らく、日曜は各政治討論番組に引っ張りだこでしょう。また、政界に激震がはしればと、私も興味津々です。19:25