今年は参院選だけのはず、去年に比べたらのんびり出来るから、じっくり見合いをしよう!と勝手にスケジューリングしてたのですが、やっぱりそうは問屋がおろしませんでした。
賑わいだったら六本木ヒルズに負けないぞ!と、まず蓮舫事務所が手塚事務所に乗っかり、その上に突然飛び乗ったのが青木英二選挙事務所。五本木ヒルズは花盛りです。
区長候補選びの難航ぶりは独り言や伊藤悠区議のHPでもご覧頂いているかと思います。
最終的には民進党推薦として、手塚も当初からこの人と思い定めていた青木英二氏が都議会議員を辞し立候補。手塚からの我々への指示は「可能な限り、全力の支援を」の一言。そして手塚の秘書にとってこの一言以上に明確な指示はありません。自身も国会会期中でタイトの上にタイトなスケジュールを縫って期間中欠かさず朝夕の駅での応援演説を行いました。
期間中2階の伊藤事務所は区議会の同僚の方々に合法占拠され、何度と無く打ち合わせが行われ、1階が青木事務所前線部隊となったのです。青木氏の唯一の秘書、村瀬君26歳。鞄一つでイラク米軍とは違い、熱烈な歓迎を受けながら手塚事務所にやってきました。街宣車の運行予定・街頭演説日程作成、弁士調整、まるで2000年衆院選時の伊藤区議のような八面六臂の活躍でした。鳴り続ける村瀬携帯の着信メロディが私の頭から離れなくなったのは言うまでもありません。
青木候補は民進党推薦を全面に押し出しての戦い、対する自民党推薦候補はなるべく自民党を隠し、松下政経塾出身とばかり唱える作戦で、応援演説には何故か手塚と親交の深い政治家も入ってきました。手塚と違って狭量な私は、手塚が長年かけて耕し、芽吹き始めたばかりの畑が手塚の友人によって掘り返されていると感じてしまい、何度も歯がみしました。選挙とはいえ義理に篤い手塚なら、とも思いました。政治って、選挙ってと改めて考えさせられました。思えば、手塚の政治への初挑戦は、当時現職自民党都議会議員だった青木氏への挑戦でもありました。幾年月を経て手塚が今回の青木選対の選対本部長を務めることになったのも政治の世界の不思議、縁なのかもしれません。
そして、開票日4月25日午後9時30分。当選確実の一報が開票立ち会いに行っている伊藤区議から。
ありがとうございます。ご支援に心より感謝致します。新しい目黒区長、そして新しい目黒が産声をあげた瞬間です。目黒区民の皆様、青木区政へ、手塚と同様の期待ともちろん監視の目も宜しくお願い申し上げます。
しかし、手塚事務所の入っている宮川荘。選挙は負け無しです。選挙の神様が守ってくれてるのかもしれません。これなら、いくつの事務所が手塚事務所の上に乗っかっても大丈夫。土台である手塚事務所は揺らぐことはありません。夏の参院選までももう一息、きっとすばらしい結果を得られると予感しています。