衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。

2010年6月7日「激動の5月」西崎 翔

新米秘書として、まだたったの1ヵ月。まさか、早速これほど大きな政局に出くわすとは思ってもいませんでした。ただでさえ慣れていない仕事なのに、例の日に永田町を覆っていたあの緊迫感は、1日が240時間くらいあるんじゃないかと思わせる程でした。やっと堂々と歩けるようになった国会議事堂の中も、結婚式では定番のフラワーシャワーの花道よろしく通路を埋め尽くす報道陣を目の前にしては、さすがに委縮もしようってものです。
あまりの衝撃で忘れていましたが、自己紹介をひとつ。
はじめまして。5月から手塚の秘書になりました西崎翔(にしざきつばさ)と申します。先日の独り言でも触れて頂きましたが、向原小と目黒九中に通い、都立青山高校から東京外語大に進学。選考は英語で、卒業まで7年かかりましたが、卒業後は目黒雅叙園に勤めておりました。現在26歳です。来春、生まれ育った地元の議会に新しい風を送り込むべく、毎日が勉強の日々です。
さて閑話休題。
鳩山内閣の退陣と菅新総理の誕生は、政界にとっても私の秘書経験にとっても、非常に大きなインパクトを残すものとなりました。ベテラン秘書陣が慌ただしく動き回る中、何をしたらいいのかも分からず右往左往している状態ではありましたが、日本全体が揺れ動いていたことだけは、はっきりと感じることができました。
まぎれもなく生まれて初めて味わう類の緊張感で、ほぼ完治したマイコプラズマ肺炎が再発するのではないかと心配しましたが、そこは大丈夫。国民の皆さまの不信感を払拭し、政治改革を継続しようという民進党の決意にあやかって、私の体内のマイコプラズマも排除し、本来の超健康体を取り戻すことに成功しています。
ところで、今までイメージを抱いていた政治家の仕事の中で、手塚の所属する議院運営委員会、通称「議運」を、私は全く知りませんでした。議運は、読んで字の如く、本会議の開催日程など、議院の運営に関しての決定がなされる所ですが、これが非常に厄介なのです。
先月は与野党の争いが激化していたため、日程調整に大変な苦労があったようで、理事会も含めて議運がなかなか開会できず、本来の開会時間を過ぎても1時間、2時間、3時間…と待たされるのが当たり前になっていました。委員会を欠席するわけにはいきませんから、その間は手塚までもが、会館の部屋や国対で拘束される状態。夜遅くまでもつれることもあり、その日の予定は全てキャンセル、なんてケースも少なくありませんでした。一番大変なのは議員本人ですが、当然スタッフも、開会予定の情報確認や予定変更の連絡など、流動的な状況に対応しなければなりません。かと言って、他の委員会のような華々しさがあるわけではないし、こんなに地味に頑張らなければならないとは想像もしていなかった、というのが本音です。これからも、どれほどの意外な発見が待ち受けているのでしょうか。
そんなこんなで1ヵ月、送りバント程度のことから特大ホームラン級の出来事までを目の当たりにしてきましたが、やはり思うのは、まさに日本の操舵室で働いているんだなという実感です。朝刊で読んだニュースがその日の仕事に影響を与え、またその日の夜に報道される。本当に不思議な感覚で、これもまだまだ慣れそうにありません。
しかし、今の私にできることは、手塚号のジャック・スパロウがますます活躍できるように精一杯お手伝いすることですから、少しでも早く仕事を覚え、まずは愛車のホンダ・フリードの舵を上手く取れるようになりたいと思います。未熟者ゆえ、今後も多くの方にご迷惑をおかけするでしょうが、よろしくご指導賜りますよう、お願い申し上げます。

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