1台の車が首相官邸前の坂をのぼり、衆議院第1議員会館に滑り込んだ。今年からイラク情勢の影響か、警備が強化され、門前にも配備されているガードマンたちの視線が集まる。フロントガラスに提示された衆議院証に目をとめ、道を開ける。そんな光景を後部座席で眺める手塚の脳裏に甦る記憶・・・。
2000年の初登院、長い浪人生活を経て、衆議院初当選を果たした手塚は大きな期待と使命感とを胸に、三菱トッポに揺られていた。選挙の興奮冷めやらぬ国会の門に立ちはだかったガードマンは、最近では駅頭の先乗り準備という大役をボロボロの身体で一手に引き受けているトッポの若かりし健康的な車体に対して、あからさまに疑惑の視線を投げつけてきた。黒塗りの車が並ぶ国会では、確かに小さな黄色い車体は周辺の空気から浮いてはいたが、出来立てホヤホヤの国会議員が乗っているのは紛れもない事実だった。
「政治家に車は関係ない」と考える手塚と「政治家は黒くて大きな車に乗っているはず」とのガードマンはしばし対峙した後、当選証書により一時の和解を見たが、双方の常識には深刻なズレが存在していた。
以降、駅頭から直接国会に向かう携帯空間ファンカーゴにも同様の視線が向けられ、しばしば議員バッヂの提示が通行証の代わりとなった。大小含む国会の常識と闘ってきたこの3年半の記憶が手塚の脳裏を走馬灯のように流れた時、車は静かに会館のエントランスに停車した。思考を現在に戻して降り立った手塚の足元で、逃げることをしない都会の鳩が一声鳴いた。
通常国会を間近に控えてまだ人もまばらなロビーを通り抜け、エレベーターホールへ続く階段を踏みしめる手塚は、二大政党制の確立による重責をその大きな背に乗せ、その心に燃える意欲の炎は誰にも消すことは出来ない。エレベーターに吸い込まれる手塚を見届けた鳩は、落雷による破損も無事修理を終えた国会議事堂のてっぺん目指して羽ばたいて行った。雲一つない抜けるような青空が広がっていた。
物語はまだ始まったばかりだ。