2004年10月31日 AM9:10
空港に降り立つと、夏に逆戻りしたかのような焼けつく太陽と見たこともない濃紺の空が果てしなく広がっている。ここは沖縄県那覇市。つい3時間前にオータムコートを着込んで、霧雨の羽田を離陸したのだが、今は薄手のシャツすら汗で身に纏わりつく。
タクシーを拾い、感嘆の的はその初乗り運賃の安さよりも、目に飛び込んで来る同じ日本とは思えない、決してその葉を落とすことのないエキゾチックな街路樹のアーチ。観光気分で窓を通り過ぎる景色を見ていると、不意に窓に自分の顔が反射して本来の目的を思い返した。
那覇市議会議員補欠選挙応援。それが手塚代議士から与えられた私の使命である。
日本に二大政党制が定着し、岡田代表のもと民進党がその支持基盤を着々と広げる中、沖縄は国会には比例区の喜納昌吉参議院議員が席を頂いてるものの、地方議員の数は少なく、県都那覇においては議席ゼロである。
「那覇市から沖縄県の未来を見据えられる若い議員を送り出す」という手塚代議士の思いを胸に抱き、東京よりも高い空に浮かぶ切れ雲の変容を眺めていると、タクシーは人の出入りもまばらな小さな事務所の前で止まった。
「いやー。待ってたよ!蓮君だろ?」
背の低いドアを開けた私に声を掛けてきたのは、身長165cmと小柄、妙に人懐っこい笑顔の人物、上里ただし。学生時代に政治家手塚よしおの試金石でもあった東京都議会議員選挙を手伝ったという浅からぬ縁の人物である。
この上里ただし選対事務所には那覇市内にはとどまらず、全国から入れ替わり立ち代り応援に仲間が集まって来ている。みんなの思いはひとつ。
手塚代議士の言葉に依る「類稀な可愛げ」というやつなのだろうか、みんながこの上里さんに惹き込まれていく。かく言う私も数日を経ず上里さんの魔法にかかってしまったようだ。
11月7日に迎える選挙戦告示日を直前に控え、上里さんがいかに多様な人々を魅了してきたかを物語るように、仙谷由人政調会長、枝野幸男代議士、樽床伸二代議士らが、次々と応援に駆けつけてくれた。
「これは本当に市議会議員の選挙なのだろうか?」
私は呆気にとられるばかりである。
11月7日 AM9:50
常夏の太陽が半袖にハーフパンツに着替えた私の肌をチリチリと焦がす中、上里選挙は沖縄伝統のエイサーの踊りに始まり、応援弁士の激励、そして本人による選挙戦第一声。そしてガンバロー三唱で気合を入れていざ出陣!風土なのだろうか、まるで1週間に及ぶ長いお祭りのよう。
短いようで長い7日間。上里さんは毎日自転車に乗り、那覇市内を駆け回った。後ろからついてくる街頭宣伝車のスピーカーからはウグイスさんの声。
「ハッスル!ハッスル!上里ハッスル!」
上里さんのペダルをこぐ足は自ずとフルスロットル。マイク一本握り締め、交差点に立ち、団地の真ん中に立ち、市場の雑踏に立つ。
「政治は、市民のみなさんと私との対話によって創られるもの。私は毎日、この場に立って、みなさんとお話をするつもりでこの選挙戦、力一杯訴えをさせて頂きます!」
ふいに、その姿とちょうど1年前の総選挙、学芸大学駅頭での手塚代議士が重なった。
最初はポッと出の泡沫候補という印象が巷で囁かれていたが、選挙戦中日を過ぎると街の声援は色を変えた。街頭に立つ上里さんの声に立ち止まる人、市場を歩く上里さんに握手と声援をくれる人。日に日に迫力を増す上里さんの演説のすぐ傍に付き添う私はいつしか確かな感触を掴んでいた。
11月14日 PM8:00
那覇市議会議員補欠選挙投票日。投票箱が閉じられ、上里ただし選挙事務所はようやく一瞬の静けさを取り戻しつつも、これから始まる審判の時を思い、皆一様の緊張感の中にいた。誰もが望む結果を思い、小さな電子音と共にTVのスイッチが入れられた。
開票速報にはまだ早い。ブラウン管は相変わらずのらりくらりと答弁を繰り返す小泉首相を映し出した。
11月14日 PM11:10
固唾を呑み、TVに張り付いていた群集から一斉に歓喜が巻き起こる。
「上里ただし 第3位 当選確実」
当初の噂をひっくり返し、4位以下を大きく引き離しての堂々たる初当選である。
胴上げをされ、大きな支持を頂いた小さな体が、これからの彼の政治家人生を象徴するが如く飛翔している。誰もが待ち望んだこの瞬間。選挙に関わるものにとっては最高のクライマックス。候補者を支持する有権者にとっては新しい明日へのプロローグ。
11月15日 PM1:00
夢うつつのうちに床から這い出した私は、まだ昨晩の余韻の中にいた。この滞在記の最後を締めくくる場所を訪れるべく軋む体を叱咤した。
首里城。古の王朝の繁栄の痕跡をとどめるその古城は中国の影響を色濃く受けている。琉球中山王朝建国以来、多くの戦火を潜り抜け、その度に不死鳥の如く美しく復活したこの城は、王都那覇そのものを象徴しているようだ。
その那覇は今日から新しい歴史を刻もうとしている。若干31歳、新進気鋭の民進党市議会議員上里ただしと共に、来るアジアの時代に向けて東シナ海の玄関口、活気ある国際都市への一歩を踏み出した。
期せずして、首里城の大謁見場を吹き抜ける風は、ようやく秋の到来を報せていた。