衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。

2011年4月4日「インターン日記―桜の木になろう」中西孝礼

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 ふと、外を覗いてみると、桜がほんのり咲いていました。
 はじめまして。2011年度春のインターン生として勉強させて頂いてます中西孝礼(たかゆき)と申します。以後お見知りおきを。この名前、覚えておいても損はありませんよ。
 どうやら春が来たのかな?と思い外に出てみましたが、未だに厳しい寒さは続いていて、Tシャツで外に飛び出したことを心から後悔しました。
 「春が来る」と言いますとさまざまな意味を思い浮かべますね。まず単純に3月になることを言ったり、彼女が出来たことを言いますよね。かく言う僕は彼女が出来たことが無いので、生まれてこのかた春を味わったことがありません。彼女大募集中です。ゴホン。申し訳ございません。
 春が来ると言いますと、まず思い浮かべるのは「寒くて厳しい時期を乗り越えた」ことを指すことがあります。僕がインターンを経験したこの時期は民進党にとって、そして日本にとって辛くて厳しい“冬”でした。
 内閣支持率の低下。前原大臣の辞任、小沢一郎氏の問題などなど、国民の皆さまからは大変厳しいお言葉を頂き、考えに考え勉強をする毎日でした。国民の皆さまの声と自分の無知を真摯に受け止めなければならなかったので本当に心に堪えました。
 そして3月11日。この日本を大災害が襲いました。国中が混乱し、1万名以上の死者、35万を超す被災者、福島原発の異常により東日本全体が大混乱に陥り、日本史上最大の自然災害となりました。
 そして、この日から活動がガラッと変わりました。駅頭活動は募金活動に変わり、ビラの内容は政策から節電のお願いに変わりました。
 同時に、自分の無力さに歯がゆさを覚える日々が続きました。募金と献血しか自分には出来ないのだろうか?
 光陰矢の如し。悩みあぐねながらも日々は無残にも過ぎて行きました。
 自分は被災者を救うことが出来なかった。学生風情がなに生意気なことを考えているのだろうか?
 政治に関わる人間たる者、先導に立ち一人の人間としてではなくリーダーとして皆を救わなければならない。
 ですが、この悔しさを、無力さを学生時代に味わったことは必ず意味のあることだと信じています。この時期にインターン生として学んだ自分には責任があります。
 このインターンで得たことは、いつの日か必ず日本に還元します。被災者は救えなかったとしても、復興で先導に立つのは僕らの世代です。まだ見ぬ危機の際に立つのは僕らです。そんな僕らを信じていただければと思います。
 この国の厳しい冬の終わり、春の始まりを告げる永遠の桜の木になります。

秘書日記

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