衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。

2011年10月17日「震災から7か月」友常えり

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 2011年3月11日14時45分東日本大震災が起こりました。
 東京も震度5強という今までに体験したことのない揺れに「ついに関東大震災が来た!」と思った人も多かったのではないでしょうか。
 その時、私は青葉台事務所におりました。東大生スタッフが海外から久しぶりに戻ったのでお土産話を聞いていた瞬間、ぐらっと来たのです。事務所ではその頃、(統一地方選挙まで後一か月ということもあり)大勢の学生スタッフや秘書などが、車や徒歩でポスターの新規獲得や個別訪問の為に目黒区世田谷区の色々な場所に散らばって活動していました。事務所には、先程の学生と春インターン数名が残っていただけ。さあ、皆は無事かと携帯を鳴らすものの全くつながりません。そこで活躍してくれたのくれたのがtwitterでした。 (※twitterとは、個々のユーザーが「ツイート」と称される140文字以内の短文を投稿し、閲覧出来るコミュニケーションツールのこと)
 約半年前にスマートフォンに機種変更していた私は、かなりはまっていた時期でありましたので、唯一つながる連絡手段として利用しようと考えました。
 その後、テレビのニュースでは、津波で被災地の家々が流されていく映像が次々に流れ、大変なことが起きたと実感しました。
 携帯電話の基地局が被害を受け、すべて不通の状態時にtwitterだけは、被害の現状を刻々と伝えるセンサーの役割を果たしたのです。交通が大混乱したなかでは、各自が交通状況をツイートしメディアが伝えきれない情報や、被災地の現状、安否確認、避難所の案内などまでも得られたのです。事務所の仲間たちも次々に書き込みをしてくれ、無事が確認出来たことはすごい発見でした。
 この大震災を経て、私達は情報源をメディアだけでなく、インターネットなどのさまざまなツールから得るように変化したように感じます。一方、twitterの問題点も浮き彫りになりました。ツイートの真偽が確認できないという点です。デマの情報も混在している事実。政府や自治体の発信が後手後手になったという事実は否めませんが、大震災を経験し、対応対策を慎重に検証し、今後につなげなければならないと感じます。
 青葉台事務所はその後どうなったかといいますと、何時間もかけて徒歩で戻ってくる者、大渋滞の中車で帰ってきた者、電車が不通で避難してきた者など数十人で電車の再開を静かに待ちました。
 震災から7ヵ月。菅内閣から野田内閣へ代わり、手塚仁雄は、首相補佐官に就任しました。
 今からどこへ向かって進むべきか、地元事務所の役割とは。自分に問いかけ、地道な活動の中から答えをみつけ出したいと思っています。

秘書日記

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