衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2003年11月24日 「プロジェクトT」蓮 孝道

「選挙」それは、国民が自らの代表を選出するための政治行為であると同時に、思いを託せる人間を自分たちの代表にしようと志す人々の雌雄を決する「戦(いくさ)」である。
 11月9日、総選挙投票日。その日、五本木にある事務所には手塚よしおと共に12日間の「戦」を戦い抜いた多くの男女の顔がそろった。皆一応に厳かな顔立ちでTVの開票速報に見入っていた。あの戦いの日々を思い出して・・・。
 10月28日、学芸大学駅頭。手塚よしおの第一声が始まる。
「この選挙戦、ウグイス嬢による名前の連呼はしません。有権者の皆様には、政策で政治家を選んで頂きたい」
 今までの選挙を覆すやり方だ。手塚よしおは、数いる全国の候補者の中で唯一街宣車を使わない選挙をやろうというのだ。
「この民進党マニフェストを是非!読んで頂きたい!」
伊藤ゆう目黒区議の言葉が響く。日本ではじめて本格的な政策を各政党が付き合わせた選挙となった。朝に夕に街頭や駅頭に立ち、手塚よしおは10年間続けてきたように自らの政策を訴えた。手塚よしおのもとに集まった人もそれぞれに全力を尽くした。応援演説をする人、道行く人にビラを配る人、事務所でハガキを書く人。「マニフェスト24」のロゴを背中に背負い、ベテランのスタッフも、若い学生ボランティアも皆精一杯汗を流した。道行く人々が、そんな彼らにメッセージを託してくれた。
「頑張れ!手塚よしおを絶対勝たせてやってくれ!」
「若い君たちに変えてもらいたいんだよ!」
体中の血が沸いた!支持してくださる人々がいる!僕らの行動が、そして手塚よしおの政治が有権者に届いたと感じた。ビラを配る声に熱がこもる。
 暦はあっという間に11月へと替わったが、依然として「熱い」日が続いた。投票日を明日に控え、手塚よしおと彼らの「戦」も残りわずかとなる。自由が丘駅頭での演説。松沢成文神奈川県知事を迎えて大演説会を決行。1000人を超える人々が自由が丘に集まった。そして、最後に手塚よしおが演説の地に選んだのは、始まりの地、学芸大学駅。「政治家手塚よしお」を育んだこの地に再び皆が集まった。
「これが最後。みんな、全ての思いを出し切れ!手塚よしおを勝たせよう!」
秦寛憲秘書が叫ぶ。集まったボランティアの学生たちがそれに答え、円陣を組む。
「手塚よしお!ファイト!オー!」
皆の気持ちがひとつになった。
11月9日、総選挙投票日。深夜。日付も変わろうとしているときだった。
「手塚よしお 当確」
事務所にはちきれんばかりの歓声がおこる。感極まり涙する学生もいる。満場の「手塚コール」の中、抱き合う手塚よしおと夫人の姿がある。月9ドラマの最終回を見ているような学生たち。ローマの休日を見ているようなベテラン秘書たち。10万票強、実に有権者の4分の1が手塚よしおの名前を書いてくださった結果となった。
 選挙は終わった。しかし、手塚よしおと彼のもとに集まった人間の「戦」はまだまだ終わらない。ここに「衆議院議員手塚よしおの2期目の挑戦」が始まる。今日も彼らは駅頭に向かう。歴史は綴られ続けている。

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