衆議院議員手塚よしおWEB。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院5期、元内閣総理大臣補佐官。現在、立憲民主党幹事長代理、東京都連幹事長など。

2022年3月1日 外野席「風に立つ、42歳。」渡辺智士

「選挙カーを使わないと、名前が浸透しないよ。特に新人なんだから」
「それじゃ、名前を憶えてもらえないから、やめた方がいい」
町田市議会議員選挙へ「NO!選挙カー」で挑むことを決意した私に、多くの方からこういったご意見を頂きました。
 私の家族でさえ、
「目黒や世田谷と違って、町田は広いから、選挙カーを使わないと無理だと思うよ」
と言い出す始末。
 それでも心のどこかに「名前の連呼だけで投票用紙に書いてもらうのはおかしい」という骨の髄にまで染みた想いがあり、妙な使命感に燃えながら、選挙カー以外の活動を充実させて臨もうと決戦への準備を抜かりなく行い、やるべきことをきちんとやり、多くの仲間に支えて頂きながら、初挑戦に向けて備えを進めてきたつもりでした。
 しかし、いざ自らが候補者となると、その心情は想像以上に複雑なものでした。
 選挙期間が1週間の市議選は日曜日からスタートするため、初めて朝の駅頭に立ったのは選挙戦2日目。郊外ゆえ通勤のピークタイムが早く、早朝5時台から集まり始めた各候補者が、7時前には改札前に3m間隔で居並び、8時になる と、よーい、どん!で選挙カーに乗り、一斉に住宅街へと消えていきました。
 目黒や世田谷であればまだ駅頭を続けている時間にも関わらず、都心とは違う選挙文化。伊藤俊輔代議士の総選挙ですでに体験していたこととはいえ、この文化の違いに先制パンチを食らいました。
 正直、焦りがないと言えば嘘でした。48名の候補者の中でおそらく唯一選挙カーがない私は、駅頭に1人ぽつんと取り残され、少なくなった人通りの中で選挙チラシを配りながら、焦る頭をクールダウンさせようと空を見上げました。
 そんな時、今は亡き、みどり市議の蓮孝道のことが不意に頭をよぎったのです。日付を確認すれば、その日は2月14日、蓮の命日でした。彼も東京とはまったく違う群馬の地でありながら、手塚イズムを継承してなのか、選挙カーを使わずに戦い抜いた先駆者でした。
 改めて、自分が何のために選挙に出ているのかという大義を再確認し、ブレたら終わりだと自らに言い聞かせました。
 迷いが吹っ切れてからというもの、毎日12時間以上にわたり鶴川駅に立ち続け、自らの政策を訴え、通りすがりの方からもたくさんの声をかけられる中で、自らが今回の選挙に求めてきたものの意味を強く認識できました。
 手塚さんと出会い、政治の世界に飛び込んでいつしか15年。今回の選挙は、決していい風の中での選挙ではなかったと思います。
「いい時もあれば、悪い時もある」
 昔、手塚さんが言っていた言葉です。この業界は、この風というものに敏感にならざるを得ない方々が多い世界で、いい風には人が集まり、悪い風からは人が離れていきます。そうやって勝ち負けや離合集散を繰り返すことは、ある意味当然なのかもしれません。しかし、改めてこの選挙を通じて、政治家としての軸やブレない強さというものがいかに大事かということを教えてもらったと痛感しています。
 約30年駅頭に立ち続け、政治家としての説明責任を果たそうとしている手塚さんの背中は遠く、追いつけそうにはありませんが、引き続き私も駅頭に立ち続け、良い時には謙虚に、悪い時には自らを省みて、ブレずに自分が何のために議員として一歩を踏み出したのかの原点を思い出しながら、そして多くの仲間に感謝をしながら、コツコツと活動をしていきたいと決意しています。
 風に立つ、42歳、町田市議会議員渡辺さとし、頑張ります。

内野席・外野席

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