衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2008年6月2日 内野席「ALEX」伊藤悠

 共に笑い、共に喜び、共に泣き、共に怒り、共に歌ってくれた。
 いい時ばかりじゃない僕らの仕事だから、こっそり飲みたくなる月に1度のカウンター。言おうと思っていたわけじゃないのに、言いたかったことを吐き出せるママとの会話に、僕も、手塚さんも、松田さんも、公太朗君も蓮君も、みんなみんな救われた。
 そう、僕らには「アレックス」という拠り所があった。
 選挙最終日の打ち上げといえば「アレックス」。
 事務所の暑気払いや、忘年会といえば「アレックス」。
 秘書の悩み相談と言えば「松田さんとアレックス」だった。
 お店は20人座れば一杯になるほどの広さで、五本木商店街のひっそりとしたところにあるから、お客さんは常連ばかりで、気兼ねがない。ややこしい職業の僕らにとって、他のお客さんに絡まれない安心感は何よりも有難かった。
 もう10年くらい前だろうか。
「都議時代から行っている店があるから・・・」
と、手塚さんに連れて行ってもらって以来、僕の母親代わりに話を聞いてくれたのはママだった。顔面赤色の失恋話も事務所の愚痴もボトル50本分以上聞いてもらった。
 まさに、アレックスは僕らの裃を脱がせてくれる場所だった。
 嬉しい時より辛い時に足を運んだ記憶がある。
 手塚さんも同様だろう。「キツイ」と、そんな弱音を吐くことのない手塚さんが、ポツリ漏らしたのは、酔いが回ったアレックスだった。
「俺の代わりはいないからな。でも、何で浪人中の俺なんだ?」
誰の答えも期待しないが、胸のつかえを吐き出したくて言ったのだと思う。
 永田メール騒動の夜だった。僕らが言っても空しい言葉をママは優しくかけてくれる。
「手塚さんしか出来ないことだからね」
背中をさするように。
 そのアレックスに幕が下りると聞いたのは昨年の暮れのことだった。
「十分やりきったからね」
ママは満足そうだった。僕らのライフスタイルも変わっていた。恋愛相談をしていた僕は結婚し、手塚さんにも子どもが出来た。公太朗も結婚し、早くも二児をもうけ、家に帰る楽しみを覚えた。というより、それぞれが夜更かししにくい環境になった。
「家は寝るとこ、寝るまでアレックス」だった僕らの生活スタイルが変わり始めた頃に、アレックスは店を閉じたのだ。
「もう、ひとり立ちしなさい」と誰もが言われているような気がする。
 独身時代のさびしんぼークラブだった僕らを支えてくれたのはアレックスという逃げ場所だった。ママと歴代の女の子たちに「ありがとう」を言いたい。

内野席・外野席

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