衆議院議員 手塚よしお
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民進党

2009年8月4日
NO.336 「うなずきえりちゃん、秘書になる」友常えり

「うなずきえりちゃん」
 幼いころ家族に、そう呼ばれていました。明るくダンディーな父、美人で知的な母、活発で天真爛漫な姉の前では、内気で静かな私は、いつもうなずくだけでした。
 でも、学校では、友達と明るく駆け回って活発な一面もあり、どちらが本当の自分なのか、などと真剣に考えたことも遠い昔あったように記憶しています。
 短大で演劇を学び、「人の一生って芝居の様だな」とキザなことを思うようになりました。その人自身が主人公で、台本のない人生を皆演じているんです。色んな経験をすることで、その人の人生に深みが増すんだな、と。
 その後、プロダクションに所属して女優になりました。といっても、セリフは数行、その他大勢のひとり。うなずいてなんかいられません。自己主張“命”の世界ですから。刑事ドラマではナイフで刺し殺される大学生、トレンディドラマでは保母さん役、ワイド劇場では温泉芸者役までやりました。でも、なぜか充実感はなく、才能の無さに限界を感じ、芸能界を後にしました。
 次に、メンズアパレル会社でブランドやキャラクターマネジメントに携わり、物を売ることへの魅力に取りつかれ仕事に没頭していましが、会社が倒産。突然失業者になって、ハローワークに通ったこともあります。
 それから、知人の紹介でプロダクションのマネージャーになり、売る仕事は物も人も同じだと気づき、女優、タレント、ミュージシャンなどを担当することになりました。そんな時、売り出し中のスポーツ選手をやらないかと誘われ、会社を移籍。事業部を立ち上げてスケジュール管理から試合のエントリー、TV出演交渉まで幅広く手掛けるようになりました。
 数年後、担当のスポーツ選手の父が選挙に出馬することが決まり、あれよあれよという間に準備が始まりました。
 その時、生まれて初めて会った政治家が「手塚仁雄」でした。会社の応接室のソファーにどっかり腰を下ろし、気さくな笑顔で名刺交換をしてくれました。有名な芸能人に会っても全く緊張しない私ですが、この時ばかりはすごく緊張して「うなずきえりちゃん」に逆戻りしてしまいました。
 この時、手塚よしおの自宅が、自分の住まいから徒歩5分、五本木事務所へも徒歩10分という至近距離が発覚し、何か運命的な出会いを感じてしまいました。
 選挙のために会社を退職し、身ひとつで候補者に付いて行き、暑い熱い選挙期間が過ぎると、そのまま議員秘書に。その後、紆余曲折がありながらも、手塚の紹介による蓮舫事務所での修業を経て、今年6月から念願の手塚よしお事務所の秘書となり、あの日に立ち会うことが出来ました。
 2009年8月30日。
 政権交代を目指す総選挙、民進党308議席を獲得、与野党逆転という結果。
 期間中、仲間たちと助け合いながらその歴史的瞬間に立ち会えたことは、忘れることの出来ない大切な経験になったと感じています。
 さあっ!新しいスタートです。気を引き締めて地元を守っていきます。
 五本木から移転した新しい青葉台事務所にお立寄りいただいた時は、笑顔でうなずく友常(ともつね)えりが、皆様をお迎えいたします。どうぞよろしくお願いします。


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