衆議院議員 手塚よしお
手塚の独り言手塚コラム
 

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どばぐる

民進党

2005年6月13日
NO.218
「小説ガンバロー」 中村公太朗

 威勢の良い掛け声とともに、肩幅ほどに広げられたスタンスからしっかりと固められた右拳が勢いよく発射された。正二等辺三角形を造りしっかりと腰に固定された左腕が、その土台となり衝撃を支えている。ワンテンポ遅れて、追従する数えきれない拳が天に向かった...。
 年に一度の民進党躍進パーティーは、いよいよ近づいた夏の都議会議員選挙に向けたイベントの要素を強く盛り込む形で赤坂のホテル宴会場で行われている。
 会場は約4000人の来場者であふれかえり大盛況といってよい。身動きも取れない会場内で唯一ライトの当たっている場所、壇上では丁度ガンバローコールが始まっていた。一番若い候補者ということで大役を任された伊藤悠。右に海江田万里都連会長、左に岡田克也代表、後ろには自分を除く49人の都議候補者たちが並ぶ壇上の中央で右手を突き上げるその姿を眺め、手塚は記憶の扉をそっと開放した。
 2003年秋、その日五本木交差点は渋谷のスクランブル交差点へと変わっていた。違うのは信号が青になっても歩き出す人がいないことだけだった。その静かなる大観衆の見守る中、手塚よしおの再選に向けての出陣式は、青木英二選対本部長(現目黒区長)の挨拶や、野田佳彦代議士からの乾坤一擲の応援演説など、華々しいイベントとして順調に進行を続けていた。
 そして野田演説の余韻残る中、手塚はゆっくりとステージに歩を進め、決意という名の覚悟を語るために口を開き、込み上げる想いの丈の全てを吐き尽した。
 司会という大役を忘れ感動に打ち震える関口太一が握り締める汗ばんだ進行表は、最後のガンバローコールを残すのみとなった。実は数日前の選対で出陣式の打合せが行われた折、旧来の選挙をイメージさせるガンバローコールの必要性が議論された。どうせやるなら全く新しいモノを目指そうという手塚の鶴の一声で、選挙を手伝ってくれている一番若くて元気のよい現役大学生に白羽の矢が立つという前代未聞の企画と相成った。
 ざわめきの中突如として台に登り、気合いなのか極度の緊張なのか絶叫しながら右手を突き上げる学生。若い者にゃ負けやせんと必死で右手を突き上げつつ新鮮な空気と一体感を強く感じている人々。手塚自身もニューアイデアの成功を確信していた(この模様はPC版HPのトップページで動画にて放映中)。
 記憶の旅から帰還した手塚は、3回目のコールが終わる前にもう少し壇に近付こうと一歩踏み出した。常に茨の道を突き進んできた手塚の歩を、柔らかすぎる絨毯が優しく包み込む。あれからたったの1年半、されど1年半。手塚はこれまでの既存政党ではおよそ考えられない若さで都連幹事長に就任し、1番若いガンバローは党パーティーへと伝承された。そしてあの時同様、会場のボルテージは最高潮に達している。手塚はほとばしる熱気に身を預け、群衆の渦に飲み込まれて行った。
 まだまだ寒暖入り乱れるこの季節に、今宵の赤坂だけはやけに熱かった。


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