衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2012年10月15日「帰ってきた手塚仁雄」富川知子

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 その日は、なんとなく声をかけられませんでした。本当は、
「1年間、お疲れさまでした」
と言いたかったのですが。
 気丈にふるまい、周囲にも気を使われるのを嫌がる性格で、湿っぽいのが苦手な手塚ですから、周りの人にはいつもと変わらずに映ったかもしれません。
 2012年10月。-野田第三次改造内閣発足-
 手塚仁雄が官邸を後にしました。
 たくさんの方からご心配や、ねぎらいのお言葉をいただきました。
「手塚さん、補佐官じゃなくなっちゃうの? なんで? ああいう人が総理の側にいないとだめだよ」
などと言っていただき、困惑している様子でお電話などいただきました。本当にありがたいことです。
 しかし、私たち秘書も、その日まで手塚の総理補佐官続投を信じて疑わなかったので、まさに寝耳に水でした。その事実を聞き、驚きを隠せませんでしたが、その日は各社の記者さんや来客が多く、
「手塚さんは引き続き変わらないですよね」
とか、
「補佐官全員変わるって噂もあるみたいですよ」
とか、とにかく情報が錯綜していて、慌ただしい1日でした。
 自他共に認める、野田総理の「側近中の側近」として、文字通りこの1年間総理のそばで粉骨砕身の覚悟で毎日仕事をしてきた手塚ですから、本人の心中は計り知れません。官邸を離れるのは少しさみしい気もしますが、これからは民進党の役員メンバーである広報委員長として、しっかりと総理を支えていきたいと思います。
 今まで、毎日事務所に顔を出してくれていた記者さんともお別れです。番記者の方々には、私たち秘書の知らない手塚の一面や、勉強不足の私たちに官邸のことなど色々と教えていただきました。
 朝から晩まで、補佐官車の運転をしてくださった長浜運転手。いつのまにか私たち秘書よりも手塚の行動を把握していて、長い時間を共にしていたかも知れません。
 そして、経産省からの出向で手塚や総理を、また、私たち秘書のサポートをしてくださった三牧秘書官。今やプロパーの手塚事務所の秘書かと思うほどになじんで、今後もきっと何かとお世話になるかと思います。
 官邸スタッフの方にも色々とお世話になり、本当にありがとうございました。この場をお借りして、御礼申し上げます。
 さて、秋も深まり、選挙の足跡が聞こえてきた永田町です。今後は、地元の活動にもより一層力を入れて活動していきたいと思います。
 私もまたひとつ歳を重ねてしまいました。選挙も婚活も「常在戦場」。来るべき時に向けてしっかりと準備をしていきたいと心に誓う34歳、秋の夜長なのでした。

秘書日記

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