衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2011年9月5日「手塚仁雄、官邸に行く」富川知子

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「野田佳彦君、102票」
1回目の投票結果で会場がどよめいたことは、ホテルの大きな液晶テレビの中からも伝わってきました。
 「ドジョウが金魚の…」くだりはもうあまりにも有名になりましたが、15分間の決意表明演説はひいき目なしで見ても素晴らしいもので、熱く込み上げてくるものがありました。特に朝顔の話はとても印象的で、
「朝顔が、早朝に可憐な花を咲かすために、あえて一番必要なものは何か、その前の夜の闇と夜の冷たさなのです」
 ここで完全にやられてしまいました。一時は劣勢と言われていた野田さんでしたが、ユーモアと人情味にあふれる野田節に心をつかまれ、1票を投じた議員も多かったのではないでしょうか。
 この数日間、議員会館のお隣のキャピトル東急ホテルでは多くの野田派議員が集まり、深夜まで選対会議が行われていました。投開票日当日は、早朝からの総決起大会も全て代表選会場のニューオータニに場所を移していますので、キャピトル留守番係の私は、がらんとした誰もいないホテルの部屋でひとりテレビを見ながら、決選投票を前に野田総理の誕生を確信していました。
 思い起こせば4年前、私が手塚事務所で働くことが決まり、初めて代議士と話をしたときに『ノダヨシヒコ』の存在を知りました。
「僕がね、最も尊敬する政治家なんだよ。地味だし、顔は大きいけど、本当に凄い人なんだ。野田さんが総理になったらもう死んでもいいくらいだよ」
と、嬉しそうに語る代議士。
「2002年の代表選で野田さんの決意表明演説を聞いたときは、涙が止まらなくてね。取材に来ていた記者もみんな泣いていたんだよ」
周りにいた、都議や区議も口々に『ノダヨシヒコ』がいかに素晴らしいかを語ってくれた。
『ノダヨシヒコ』ってそんなに凄い人なのか。恥ずかしながら、当時は野田さんの顔も知らなかった私は、早速インターネットで調べてみました。
 早稲田卒、松下政経塾・・・。プロフィールだけ読んでもあまり伝わってこなかったけれど、記憶に残ったのは野田グループの命名のわけ。多くの花が一斉に開くこと、様々なものがその本領を発揮することの意味の「百花斉放」から付けられた『花斉会』。「皆が花を咲かせるように」という願いが込められた野田さんらしいグループ名だと思います。党内融和を掲げる新野田内閣にも通じるものがあるのでは。
 さて、野田内閣が発足して4日目。そろそろ閣僚以外の人事も固まってきたようです。今まではどこか他人ごとのように思っていた閣僚人事も、今回ばかりは秘書もどこかソワソワ。待ちきれない有権者のみなさんからのご期待のお電話もちらほらいただいていました。
 どうやら代議士には、野田総理からとっくに人事のお話はあったようです。色々なポストが囁かれていましたが、おかげさまで『内閣総理大臣補佐官』を拝命いたしました。
 内閣総理大臣補佐官(総理補佐官)とは、内閣の重要政策に関して総理大臣に進言し、またその命を受けて意見を具申することを職務とする重要なポストとのこと。秘書も初めてのことばかりで、朝から皆右往左往してます。明日から何をするのかもまだわかりませんが、とにもかくにも、野田総理の直属の部下として「ドジョウ内閣」をしっかり支えていきたいと思っています。
 長年の夢が叶い、一息つく暇もなく総理との写真撮影のために官邸へ向かう代議士。総理補佐官は官邸にもお部屋をいただけるとのことですから、今後は官邸にいることが多くなるのかもしれません。代議士が記者さんと冗談を言い合う声や、暇なときにプチンプチンと聞こえる爪切りの音が聞こえなくなるのかと思うと少し寂しい気もします。そんなことを思いながら、いつものように記者さんを従えて、会館を後にする代議士を見送ったのでした。

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