衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2007年4月9日「最後の秘書日記」 松田哲也

 吸いさしのタバコから一筋の糸のように煙が真っすぐに立ち上がっては、消えた。
「やめるか」
天井を見上げながら、手塚よしおは託宣を受けたように呟いた。
 それは、春一番が窓を叩いてやって来た今年の2月14日。長い冬を越え春を迎え入れる仕度であり、私たちにとっても凶報、いや吉報だった。
「禁煙すると太るから、明日から走るぞ!」
 駅頭がない日はゆっくり寝ていたいスタッフも、一緒に駒沢公園でタイムレース&千本ノック&ぶつかり稽古。みんな嬉しくて泣きながら
「これはキッチョ吉兆だ」と言い聞かせている。
「カキーン!」
 そんな、いい大人たちの大ハシャギをよそに球児たちの爽やかな春も本番を迎えていた。甲子園で忘れられないのは、松坂大輔率いる横浜vsPL学園の延長17回の死闘だ。98年夏、民間企業に勤めていた私は、その第1試合のサイレンに後ろ髪を引かれる思いで出社した。午前中はいつものように仕事に忙殺され、試合のことなどすっかり忘れていた。ランチタイムになって近くのラーメン屋に行ってみると、
「おーい!まーだやってるぞ」
先に入った上司がテレビを見て叫んだ。甲子園は40度を優に超え、グランドは固くボコボコに荒れ、選手たちはユラユラと陽炎の中にいた。結果は9-7で横浜の勝利。勝った横浜の選手たちはしゃくり上げて泣き、負けたPL学園の選手たちが逆に笑っていた。こんな光景は初めてだった。
「ありがとう。ありがとう」
と何度も横浜の選手たちのその肩を叩いていた。ラーメン屋の客に目を移してみた。みな泣いていた。むせながら麺をススリ、昔の高校生たちも横浜ナインのように肩を震わせていた。
 試合後のインタビューでPL学園の選手はこんな事を言っていた。
「夢を見ていたようです。もう勝ちも負けも、そんなことどうでもよくなって、ずっとこのまま夢の中にいたかった」
 そう、世田谷で挑む中村コータローも、目黒で戦う松田哲也も、群馬を駆ける蓮孝道も、この6年間ずっと同じ夢の中にいた。これが「最後の秘書日記」になるかもしれない。本当に沢山の経験をさせて貰った。とても出会えないような大きな魂に触れさせて貰った。PL学園の選手のように負けてもいいとは思えないが、このまま手塚よしおとその仲間たちと夢を見続けていきたいと今頃になってそう思う。しかし、今は最後の直線の叩き合い。駄馬が感傷を差し挟み立ち止まって勝てる程、この世界が甘くないことも学んできた。感傷を感謝に変えて、それぞれの地方競馬で馬込みからなんとしても抜け出し報いよう。
 中央競馬にはディープインパクトという強い馬がいた。騎乗した武豊はこう言った。
「空を飛んでいるみたいだった」
鞍上の武がゴール前で手綱を緩めるほどの強さを誇った。しかし、そんな最強馬もハーツクライに負けた。オグリキャップもトウカイテイオーもナリタブライアンも幾度となく負けた。名馬は記録だけではなく記憶を残す。長いブランクを経て、日本中を震わせる復活劇を見せる。
 優駿は必ず復活する。手塚よしおも復活する。ラストシガレットの煙は消えたんじゃない。あの一筋の糸は私たちの夢を乗せて、馬主だった手塚よしおのおじいちゃんがいる雲の上にもうすぐ届くだろう。「秘書日記」は終わっても、夢の続きは終わらない。次回は「内野席」でお会いしましょう。

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