衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2007年4月23日「当選の御報告」 井上裕美子

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 統一地方選挙の後半戦、区議会議員選挙スタートの告示日は4月15日日曜日。各区議候補の満を持しての第一声が日本中のそこここで聞こえてきました。松田哲也、中村公太朗の初陣です。手塚よしおも応援に走り回る日が始まりました。
 朝9:30、まずは世田谷の区長候補の出陣式から。各陣営の出陣式や街頭演説の開始がちょうど30分刻みだったのが幸いしたのか、あるいは手塚の体力にとっては災いしたのか今となってはわかりませんが、とにもかくにも1日中走り続けました。この日、愛車ファンカーゴを運転していたのは田浦秘書。前日から各事務所に向かう順番を頭にたたき込み、いかに道をショートカットし、時間を短縮できるかを地図に相談していました。
 ある事務所の近くに着くと出陣式が始まる気配がすでに漂ってきます。手塚よしおもファンカーゴを飛び降り、会場に向かって一目散。急ぎつつも途中途中で「あ、手塚さん!」とお声を掛けて頂けるとさっと足を止めて一礼。やっとのことで候補者と握手を交わし応援演説を終えると出陣式閉会を待つことなく、またファンカーゴまでまっしぐら。缶コーヒーに口をつけ息が整う頃には次の出陣式会場に到着し、またtouch and go。
 出陣式の合間合間には支援組織でもある生活者ネットなどの民進党公認以外の陣営に激励に。そんなこんなですべての事務所を回り終える頃にはとっぷりと日も暮れていました。手塚も田浦秘書もファンカーゴもヘトヘトです。
 翌日も翌々日も、またその翌日も同様、ひたすらに走り続けた7日間でした。
 蓄積する疲労はもちろん、天候不順に悩まされ、寒さと雨に震えながらの闘いでもありました。手塚事務所自体が目黒・世田谷の候補者の集約センターの役割も担っていたため、人的な不足は否めず松田、中村両候補ともに孤独な街頭を強いられる場面もしばしば。衆議院選挙と違い注目度もそれほど高くありませんから、演説をしていても通り過ぎてしまう人も多かったのだと思います。
 そんな孤独な二人に、手塚と親しい馬淵澄夫衆議院議員、蓮舫参議院議員が応援に駆けつけてくれたのは何よりの追い風でした。
 そして最終日。松田候補は学芸大、祐天寺商店街をスピーカーを抱えての一人旅です。本人曰く「一人桃太郎侍」。最後は地元学芸大駅前で駆けつけた手塚と最後の訴えを。
 中村候補は千歳烏山、千歳船橋、用賀、尾山台をスタッフ数人で練り歩き。用賀には手塚もスライディングで滑り込み応援です。
 笑顔と涙とドタバタの1週間が終わりました。
 そして4月22日、いよいよ投開票日です。今にも降り出しそうな曇天と絶好の投票日和。
 目黒区の選挙結果がすべて出たのは23:30。投票率38.49%と前回を2.3%上回りました。松田候補の得票数は1954票。当選です。開票所にいる土橋秘書から当確の連絡があった瞬間、事務所中からの歓声と同時に手塚と松田候補はがっちりと握手を。喜びの声と拍手が静まり、目黒区の支援者がお帰りになると、みんなはっとしたように時計を見、携帯電話を確認します。今度は中村候補の番。
 世田谷の結果が判明したのは翌23日の24:00過ぎ。中村候補は5274票で上位当選。予想以上の得票数に驚くやら喜ぶやら、鼻水までたらす始末。尾山台の自分の事務所での万歳を終え、中村公太朗が手塚事務所にたどり着いたのは25:00。拍手の中真っ先に飛びついたのは手塚でした。松田哲也の時と全く同じ状況が繰り広げられた頃、群馬県で立候補している手塚事務所出身の蓮孝道候補の当選の報も飛び込んできました。
 全員の声が枯れた頃には長い長い、嬉しい嬉しい一夜が明けました。風に立つ手塚よしおを支え、一緒に戦う明日の風になる2人にとっては終わりではない、始まりの日です。
 皆様、本当に長い間お騒がせ、ご心配をおかけいたしました。ありがとうございました。

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