衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2006年10月23日「シンクロニシティ」 橘 秀樹

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 自分の心の中に残っている過去の経験や記憶はどこへ行ってしまったのだろう?これでもか?というくらい重く厚くのしかかる空気の中で、もはや自分を沸き立つように動かすものが果たして何なのかわからなくなっていた。ただ、自分のそして周りの時間があたかも全く無価値なもののように空費していくのだけがわかった。これまで30余年もかかって作ってきたカードを他でもないこの大舞台で切らなければいけないのに、その場限りの付け焼刃では絶対に切ることは出来なかった。自分は、笑い出したいと思った。しかし自分の顔が歪んだまま、痴呆じみた表情になっていることを感じた…。あ、それはいつものことか…。
 その日の朝、眠い目を擦りながら九品仏駅に向かって車を走らせていた。一晩中考えたフレーズが頭の中で繰り返され、もはやどの道を走ってきたのか、記憶も遠い。
 これまで何百回と繰り返してきた駅頭でのビラ配りは何の役にも立たなかった。いつも見る駅前の風景と景色が違うというだけで体が小刻みに震えるのがわかった。駅に向かい道を急ぐ人達の視線が自分に突き刺さるように痛い。実際には誰も気にしてはいないのだろうに…。それでも自分は痛みに耐え、あさっての方向を見ることしかできなかった。そして時間は容赦なく刻まれ、定刻の7時45分を迎えた。
「お、は、ようございまする…」
 1時間にわたる一世一代の大いなる挑戦は、余りにも非力に幕を開けた。
「たちばなふでき、で、ございまする…」
「わたくしは…」
 オートリピートするようにセットされた体内ラジカセのスイッチをすかさず入れる。バッテリーさえ切れなければ順調に1時間続く、周到に準備された仕掛けだ。
 今日はいつもの人員配置と違い、手塚と中村秘書が不肖橘の初舞台ために裏方のビラ配りに配役されている。回転が一定しないテープを必死に回しながら、ふと、そこで僕は初めての光景を目にした。それは裏方でありながら物凄い威風を放ち、真摯にビラを配る手塚の大きな背中だった。
 これまでの2年間、僕は常にあの場所に立ちビラを配ってきた。そしてその場所から手塚の演説を盗み聞き、見つめてきたのだ。だが今この瞬間、僕はその舞台に立っている。一瞬、ビラを配るあの場所から見た手塚と、今の自分が重なって見えた。すると無意識に手塚のように必死に訴えようと体が反応したのだった…。
 手塚の初舞台は約14年前、その姿と今の自分は重ねようとも重ならないが、少なくとも今日、僕はスタートを切った。世田谷区議会議員選挙の投票日まで残りちょうど半年。ほんのわずかだが、これまで経験してきた2年間の骨身に染みた感覚が、これから嫌が追うでも手塚と折り重なっていくのだろう。

秘書日記

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