衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2005年6月6日 「プラトーン-2005首都決戦編」橘 秀樹

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 首都決戦までいよいよ残り1ヶ月、ただでさえ頭のメモリー不足の自分にとって都議選以外のことなど考えられず、心も体もすでに全力失踪!?
 手塚よしお事務所も、伊藤悠・関口太一両候補の後方支援に分かれての臨戦態勢の人員配置だ。今回の都議選の最年少候補である伊藤悠の裏方に回ることとなった自分は、初めて経験する地方選挙に無駄に空回りすることもしばしば…。一方、伊藤悠は毎日選挙区である目黒区内のどこかの駅で熱い想いを訴えさせて頂いている。
 民進党にとってこの都議選を戦う新たな武器は「Tokyoマニフェスト2005」である。日本では2003年の衆院選に登場し、瞬く間にその名称が広まったのは記憶に新しい。今回のマニフェストは7つの改革それぞれに具体的な数値目標を掲げ、実行を約束する公約集。
 岡田代表の静かな闘志を感じる写真を表紙にし、中身も斬新なレイアウトのこの冊子を有権者の皆様方の手に取って頂きたく、演説する伊藤悠の傍らに真っ赤なのぼりと共に必ず用意してあるのだ。しかし朝夕の慌ただしい駅頭で、このマニフェストを手に取っていく人は残念ながらほとんどいない。一考を迫られた我々は、その陳列の仕方に頭をひねった。すると松田秘書がどこからともなく、まるで色も形もあつらえたかのような、素晴らしいマガジンラックを調達してきたのだ。これで大丈夫、我々はやっと胸をなでおろし、翌朝の自由が丘駅頭に備えた。
 翌日、連日連夜の事務作業でほとんど寝ていなかった自分は、遅刻だけはしないようにと動きの鈍い体にムチを打ち、伊藤悠の朝の駅頭準備のため自由が丘駅に向かっていた。手塚事務所の働き者、三菱トッポの背中には荷物が満載。不慣れなセッティングに気持ちも引き締まり、いよいよ伊藤悠候補の朝の演説が始まる。縦一列に岡田代表の顔が6つも並ぶそのラックは、あまりの迫力に大人も子どもも寄せつけないのではと慎重派の僕は心配していた。目の前を通り過ぎる通勤客の視線の先には、ラックに並べられた岡田代表の顔、顔、顔…。有権者の方々の気を引いていることだけは間違いない。立ち止まってじっと見たり、わざわざ取りに来てくれる人も現れるほど…。そうして1時間におよぶ初めての「マニフェスト駅頭」も首尾よく終了し、疲労を忘れる安堵感に浸りながら事務所へと戻った。しかしその頃、静かに事件は進行していた。
 その晩10時45分。誰かに呼び出されるような衝動の後、自分の頭の中を並んだ岡田代表の顔が駆け巡った。
 きっと朝から夜11時までの約14時間、自由が丘駅前の皆様方に奇異な目で見つめられ続けたに違いない。事務所スタッフが誰もいないのに、たった一人ぼっちで置き去りにされたそのマニフェストラックは幾千もの乗降客の方々に揉みくちゃになりながらも、倒れずに踏ん張っていた。その光景はまるで傷つきながらも、命からがら生き残った戦士のようだった。孤立無援で戦ったラックの戦果。マニフェストはひとつ残らず有権者の方々の手に取られ、無くなっていた。自由が丘の交番に挨拶に行った自分の目の前に
「これ届いていたよ」
と差し出された1冊のマニフェスト。岡田代表だけが、不敵な笑みで僕をずっと見続けていた。
 戦いはこれからだ。決戦の日まで、このラックとともに戦い抜く決意だ。もう戦友を見捨てることは二度とない、とここに誓う。

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