衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2003年12月29日 「1年お疲れさまでした」井上裕美子

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 選挙イヤーが終わります。
 手塚事務所も日本中の政治家の事務所も上を下へのてんやわんやを繰り広げた1年でした。
 総選挙の前哨戦ともいえる統一地方選挙、初めて手塚事務所から候補を擁立しました。手塚が手塩にかけて学生時代から育ててきた伊藤悠。勝つことは誰も疑いませんでした。手塚が伊藤に出した立候補の条件はトップ当選だった、という噂がまことしやかに事務所内で囁かれたというのは真っ赤な嘘で、手塚自身も弟であり、息子であるような伊藤の初挑戦に平静を装って冗談を言いながらも心配は尽きない様子でした。しかし、有権者は伊藤の政治への情熱と政策を見極めてくれることを信じていたのは言うまでもありません。
 信じた通り目黒に20代の若い区議が誕生しました。
 春の選挙は悉く手塚事務所にとって素晴らしい結果を得ることが出来ました。
 夏、総選挙を前に「政治活動10周年記念パーティ」を開催しました。前回同様、それ以上の多くの方に楽しんで頂けたと思います。
 秋が瞬く間にやってきました。事務所の前の銀杏並木が黄金色に染まった日、いよいよ衆議院選挙の幕開けです。選挙に関するエピソードはどうぞ秘書日記のバッグナンバーをもう一度ご覧ください。自民党の候補は今回負ければ引退を余儀なくされます、元文部大臣の意地もかけて必死でした。必死なのは手塚も変わりません。今度は追われる立場です。追いかける方がずっと戦いが容易なのは前回の戦いで経験済みです。
 しかし、毎朝毎夕の何時間にも及ぶ街頭演説。前回とは明らかに違う低下した体力。喉が丈夫なのが自慢なのにかすれ声。蓄積していく疲労。思いもつかない選挙妨害。勝利を信じて戦いながらも不安が頭をよぎることがありました。
 手塚によって立つものがあるとしたら、どんな時も欠かさなかった毎朝毎夕の駅頭演説です。10年分の宝物が手塚にはありました。誰恥じるところのない、誰にも買えない財産が最後まで手塚を支えていました。
 自民党総裁、つまり日本の総理大臣に選挙最終日の最後の応援演説地として自由が丘を選ばせる程ヒートアップした戦いは、皆様から10万票以上のご期待を寄せて頂いての手塚の勝利で幕を閉じました。今も感謝の日々が続いています。
 この1年を振り返って見れば良いことづくしのように思える手塚事務所ですが、怒り、嘆きの日もたくさんありました。しかし、骨がきしむほど悲しい朝も怒りで目が焼けそうな夕方も駅に立ち続ける手塚の姿がありました。秘書一同、揺るがない意志、変わらぬ姿勢を見ては、自分の役割、今何を為すべきかを思い出していたのです。
 選挙を経てそれぞれが一回り成長出来たように思います。来年も有機的に変化し、成長を続ける事務所でありたいと思います。どうぞ、来年も引き続き秘書日記をご愛読くださいますようお願い申し上げます。では、皆様良いお年をお迎え下さい!しくお願いいたします。

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