衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2011年5月2日 外野席「当選の重み」中村延子

 2011年4月25日午前11時28分。携帯電話が鳴りました。それまで1時間半も待ちわびた電話からは、叫び声が聞こえました。
「当選したよ! 当確が出たよ!」
 結果が心配で、中野区の開票所に駆けつけてくれた後援者からの電話でした。
 3月11日に起きた東日本大震災は、多くの尊い命、そして財産を奪いました。東北はもちろんのこと、日本全体が戦後最大の危機的状況にさらされています。そんな中で行われた今回の統一地方選。前半に行われた都知事選も同様でしたが、自粛ムード漂う中での選挙戦に候補者は誰もが困惑しました。選挙カーを使う候補者も、今までのように爆音で住宅地を走ることは少なく、大通りに街宣車が集中していました。練り歩きやスポットでの遊説が多く、60名が立候補している中、区内に12しかない駅は常に混み合っている状態が続きました。
 新人が戦うにはあまりにも厳しい選挙でした。その中で埋没しないために、毎朝6時には駅前に向かい、そして毎晩10時過ぎまで駅前に立ち続けました。時には終電まで立ちました。たくさんの方々と握手をしていただき、たくさんの励ましの声をいただきました。確かな手ごたえがありました。
 そして迎えた4月24日投票日。中野区は翌日開票だったため、まずは目黒・世田谷の仲間の結果を見に、青葉台の手塚事務所へ向かいました。今まで体験をしたこともない未曽有の危機的状況の中で、人は保守的になるのかもしれません。有望な新人が、一緒に未来を創っていきたいと思った仲間が、次々と落選していくのを目の当たりにしました。悔しさとともに、焦りが込み上げてきました。翌日に開票を控えた私はその日、眠れない夜を過ごしました。絶対に受かると信じていた仲間が落選した衝撃が、私を眠らせてはくれませんでした。
 4月25日開票日の朝。事務所に集まった仲間は皆、10時の第1回発表を待ちました。開票率85%で定数42人の中、39人が当確。私はその中には入っていませんでした。1200票で9人が団子状態。9人のうち当選できるのはわずか3人。その中に現職は4人。ダメかもしれない…。前日の衝撃的な記憶が走馬灯のように頭をまわりました。
 そして、長い長い1時間半が経過した11時28分、吉報が届きました。結果1530票をいただき、42人中41位で当選することが出来ました。開票所で結果を待ってくれていた東大生ボランティアは自分の合格発表より緊張したそうです。事務所で一緒に待ってくれていたボランティアの女の子は涙を流してくれました。そんな素晴らしい仲間に支えられていたことを再確認しました。この場をお借りして、手塚さんをはじめ、蓮舫さん、アドバイスをくれた都議会議員の方々、遠路はるばるお手伝いに来てくれた葛飾の皆さん。秘書の面々、学生スタッフのみんな、本当にありがとうございました。
 ここからが新しいスタートです。残念ながら中野でも多くの仲間を失いました。民進党新人は5人中唯一の当選となってしまいました。区議会での勢力はほとんど変わりありませんでしたが、新人議員らしく、中野区民のために地元のために精一杯頑張りたいと思います。
 中野区で頑張る私を今後とも暖かい目で見守っていただきますようお願いいたします。

内野席・外野席

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