衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2011年12月1日 内野席「総理秘書官」伊藤悠

 電話が鳴ったのは、民進党の代表選挙が終わって4時間後の夕食時でした。
 新しい総理の誕生を迎えたこの日の私は50%の感動とともに、残りの50%を、すねる、ふてくされるといった気分に苛まれていました。なにせ、私が最も尊敬する政治家の野田佳彦さんが総理になった瞬間です。
 本来であれば、感動と期待に胸を膨らませていなければいけないところ、「何もできなかった」ことへの不甲斐なさが、胸中を支配していて、心底喜べなかったのです。情けないことですが…。
 事実、会食していた企業の役員に、
「野田さんの勝利は嬉しいですけど…」
などと、「けど」が付く会話を展開していたのです。
 そんなときに掛かってきたのが一本の電話でした。着信にはまさかの名前が。河井淳一秘書。野田さんの松下政経塾の後輩にあたる側近秘書でした。
「おっ、おっ、おめでとうございます…」
「うん、よかったよ、ほんとうに」
「ほんとうに、良かったですね」
まるで捻りのない会話。
「9年前には、伊藤君にもお世話になったもんねー」
「いえ、今回は何もできませんでしたから…」
「いやー、あれが、なかったら、今回の野田もなかったからさー」
「そう言って頂けると、嬉しいですけど」
またまた「けど」が出てしまう。
「とにかく、大変だと思うけど、頑張るので、これからもよろしくね」
「はい、私に出来ることはなんでもさせて頂きます!」
声がうわずっていました。嬉しさで。
「あれ?ちょっと伊藤さん、どうしました?」
会食していた企業の役員が覗きこんできました。
「ええ、ちょっと、今ですね、今、電話してくれたのは、野田さんの秘書さんなんです」
「えっ!今日は忙しいでしょうに」
「今頃はお世話になった国会議員の先生方にお礼周りをされているはずなんですが、いやー、なんだろうな、嬉しいな。僕なんかのために電話してくれて」
「実はですね」
と言って、9年前に闘った民進党代表選挙の思い出話を聞いて頂きました。
もう、9年前のことです。 2002年に民進党は、鳩山さん、菅さん、横路さん、野田さんの4名で熾烈な代表選挙を闘いました。当時の野田さんはまだ2期生の若手。「WHO IS NODA?」と揶揄されたくらい無名で駆け出しだった野田さんは、若手からの期待を集めて代表選挙に立候補しました。その時に、野田さんを擁立しようと口火を切ったのが手塚氏であったことは、秘書として1期生の会合にボーイ役で立ち合っていた私が証言いたします。
 その時の掛け声がなければ、野田さんが総理に選出されることも、ともすればなかったかもしれません。
 しかし、言いだしっぺとはよく言ったもので、カネなし選挙の申し子のような野田選対は、資金も人もスッカラカン、資金は応援する議員が拠出することになり、人は応援する議員の秘書をスタッフとして選対に送り込むことになったのです。
 当時の手塚代議士の秘書は私でした。
「おい、明日から野田選対に出向してくれ」
この一言で、前日辞令を頂戴した私は全日空ホテルに泊まり込み。1ヵ月くらいだったでしょうか。初めてホテルのズボンプレッサーを毎日使ったことを思い出します。そう、その時の秘書陣を統括した野田さんの秘書が河井さんでした。
 ある夜、選対で2人で飲む機会がありました。
「悪いねー、毎日泊まり込みをさせてしまって」
「いえ、楽しいですから」
「ありがとう、いやー、こんなことになるとは思ってなかったからねー」
「野田さんもまだ2期生ですもんね」
「でもね、嬉しいんだよ。僕はねー、野田が地元の市長選挙に出なくてよかったと思ってるんだ」
「市長選挙ですか?」
「そう、野田が衆院落選中に、船橋市長選挙の話があってねー、その時に野田に出るように勧めていた人が結構いたんだけど、僕は言ったんだ『野田はきっと国政に返り咲いて、大きな仕事をする人だから、出るべきではない』とね」
「国政に復帰して、民進党の代表選挙に出ましたね」
「そう、まさかこんなに早くね…。代表選挙に出るなんて想像してなかったけど、やっぱり野田には大きい仕事をしてほしいと思ってたんだよね」 陣中の会話でした。しかし、しみじみとした河井さんの野田さんを思うこの会話は私の大事な引き出しにしまわれて、生涯忘れえぬ会話となったのです。
 人の人生をステップに使う秘書がほとんどのなかで、野田さんの人生を我が人生以上に思いやり、守り抜く姿は、ホロっとくるほど美しいものでした。
 その美しさが励みとなって、僕らは最後まで働いたのだと思います。
 9年が経ち、「何もできなかった」悔しさは、9年前の全力疾走と比較して押さえようがなかったのかもしれません。そんなときに
「ありがとう」
を伝えてくれた河井さんの思いやりに、またホロっときました。
 この思いやりはどこから来るのだろうか?
 誰のための思いやりなのだろうか?
 色々考えてもわかりません。しかし、真心は日常から生まれると、誰かに教わりました。
 野田さんという人物との日常の中で、きっと河井さんは真心を育み、人に分けることが出来るようになったのだと思います。
 政治家は政策や政局感の良しあしで評価されがちですが、政策も政局も人が織りなすものだとすれば、真心という人を動かす力を持ている人こそ、人の心に触れる政策も政局も生み出せるのではないかと思い至ります。
 秘書とは政治家の鏡写しではないでしょうか。心が美しい政治家の傍には、思いやりのある秘書が集まる、生まれる。
 そんな確信を持たずにいられません。野田政権には、思いやりの連鎖反応によって、日本人の心を一つにまとめていってほしいと願います。

内野席・外野席

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