衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2006年5月17日 内野席「風に立つ二人」伊藤悠

 来年は4年に1度の統一地方選挙の年。今年の4月はその選挙1年前。
 目黒区選挙区の民進党立候補予定者が先日1次公認された。
 その一人が松田哲也氏41歳。早稲田大学雄弁会で手塚さんと同期の仲間。
 5年前、手塚さんに乞われて脱サラ、秘書に転職。以来、手塚事務所の責任者を務めてきた人で、「まじめが服をきて歩いているようなものだ」と手塚さんはよく言う。
 それまで、ハイヤーの運転手をしていた松田さんは秘書になるにあたって、手塚さんから約束をとりつけた。
「秘書を引き受けさせてもらう。ただ、悪いけど、これからは敬語を使わせてもらうよ。そんな必要ない?いや、仕事の時だけ敬語とか器用なことは出来ないから…。それからもう一つ。お酒なんだけどさあ、俺、禁酒してるんだ。なんでかって? 特に理由はないんだけど、ある時からやめたから禁酒を続けたいんだ。それでも大丈夫かな? ありがとう。それでは秘書を引き受けさせて頂きます。明日は何時に行ったらいいでしょうか?」
 そう言って翌日、初めて議員会館に到着したのは約束時間の30分も前。喫茶店でお茶を飲んで時間の3分前に事務所入り。この人は本当に手塚さんの同級生だったのだろうかと周囲が思うほどに、手塚さんに対する礼節が行き届いていた。まるで派遣社員が初めて社長に面会するようであり、ホテルのコンシェルジュが最上階の上客を接遇するようであった。それは誰の目からも異様なまでに。
「哲が秘書になってくれて嬉しいけど、哲はもう、一生あの態度を変えないだろうな。ちょっと寂しいけど、そういう男なんだよ、哲は」
 2005年9月11日、落選。翌日、事務所の2階で机を囲んだ手塚さんと松田さんと私。事務所のその後の運営を話し合わなければいけない。そのときの松田発言は後に事務所で有名な言葉になる。
「自分はマックでバイトしてでも、手塚さんを支えていきますから…。本当にそうさせてください。将来のある若いスタッフもいますから…。自分はなんとでもなりますから、若いスタッフを雇い続けてあげて下さい」
「うっ」と嗚咽が漏れた。手塚さんだった。あれほど手塚仁雄がポロポロと涙を流したところをそれまで見たことがなかった。
「哲…そんなこと言わないでくれよ。すまない…本当にすまない」
しばらくの間、涙は止まらなかった。 
 この二人の間には入れない…。孤独なまでに、二人の信頼関係を悟った。
 松田哲也、41歳。
 手塚仁雄、39歳。
 出会って20年。立場も言葉使いも微妙に変わったが、二人肩を並べて歩くとき、その後姿は20年間変わっていない。そんなときだけ、今は二人の時間になっているんだと、立ち入らないようにしている。どこからか「都の西北」が聞こえてきそうだ。
 ちなみに、松田さんがなぜかこだわった禁酒は随分前に終わっている。

内野席・外野席

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