衆議院議員手塚よしおウェブサイト。立憲民主党 東京都第5区(目黒・世田谷)。都議1期、衆院4期、元内閣総理大臣補佐官。現在、議運筆頭理事、国対筆頭副委員長、都連幹事長など。

2006年2月16日 内野席「二人の人生」伊藤悠

「国会議員も与党ならいいけど、野党を長くやっちゃ駄目だよ」
「何でですか?」
「無責任になるんだよな。いい加減なこと言い出すようになるんだよ。長く野党やってると」
「国会に戻る気はないんですか?」
「まったくないな。戻ってすぐに大臣にでもなれる環境でもなければ、国会議員よりも首長の方が何倍も面白い」 
 このやり取りは2週間ほど前、都庁に講演で訪れた改革派区長がその後の懇親会で残したせりふです。
 その区長とはレジ袋税の導入、住民基本台帳ネットワークシステム反対などで知られる山田宏杉並区長です。
 松下政経塾を経て89年に27歳で都議会初当選。93年の新党ブームで衆議院に初当選し、当時の所属政党は日本新党ですから、同じく93年に26歳で都議会初当選した手塚さんとは日本新党時代の仲間になります。その後2期目を目指した総選挙で落選し、その浪人中に杉並区長選挙に挑むことになったのでした。
 今振りかえると「(国会議員時代とは)無駄なことにエネルギーをつかう日々だった」と。その真意は、野党の国会議員秘書をしてきた経験からわかるような気がします。どんなにいい質問をしたところで、法案が修正されることもない。早朝から部会で発言しても絵空事でしかなく、毎晩の議員同士の晩酌は、党内の小さなポストを巡っての駆け引きでしかない・・・。委員会で鋭い質問をした後に、それでも法案修正する気のない答弁者の大臣から「やー、いい質問だったよ」と、ポンと肩をたたかれるときなどは空しさに負けるときがあるだろうと思います。
 だから「野党は長くやっちゃいかん」。納得です。
 しかし、首長転進への誘惑がありながら、断り続けた人もいます。
 野田佳彦国対委員長。野田さんと山田区長には共通点が多い。
 1歳違いの同年代、松下政経塾出身、地方議会経験、93年日本新党で衆議院初当選。そして96年に新進党で落選。選挙区こそ千葉県と東京都で違うものの、その経歴は驚くほど似ています。
 ところが、二人の人生は96年の総選挙で落選してから大きく分かれます。
 現職後の浪人生活は本当に苦しい。財政面だけではなく、一番苦しいのは仲間の活躍に対する嫉妬。当選していれば・・・というあせり。そんな中で、持ちかけられる首長転出への話は、誰であっても飛びついてしまうものです。
 実は野田さんにも船橋市長選挙転出の話が持ちかけられたことがあったらしいのです。
 その野田さんに進言した側近がいました。浪人中の野田さんを支え、現在公設第1秘書をつとめる河井秘書です。
「野田さん、将来あなたはきっと、党を任される存在になる人です。考えていたよりも、もっと早いスピードで」。
 その通り、2000年に国政復帰した野田さんは、2期生でありながら、手塚さんらの若手に推されて民進党代表選挙の候補者へ。
 一方、山田さんは99年の杉並区長選挙へ転出。次々と改革を打ち出し、東京のニューリーダーに。
 交差する二人の政治家。二人の選択。
「首長へ転出する人は、国政で成功できなかった人だ」と言う人がいます。
「野党の国会議員で甘んじている人は世の中を変える気のない政治家だ」と言う人もいます。
 二人の政治家が今後示してくれるもの。それは、地方では得られないものがある。国政では得られないものもある。
 二人の活躍に期待です。
 余談ですが、手塚さんには首長転出の持ちかけ話はいまだにありません。

内野席・外野席

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